和だし帖|うま味と季節をたのしむ台所便り(全5回)

日本の食卓に欠かせない「だし」。
この連載では、だしの引き方や味わい、保存や文化の知恵まで──台所で役立つヒントをお届けします。

日本の食卓に欠かせない「だし」。
そのやさしい香りと奥行きのあるうま味は、どんな季節にも寄り添い、食材の持ち味を引き出してくれます。

実は、だしの素材や引き方を季節に合わせるだけで、同じ料理でもぐっと表情が変わるのをご存じですか?

今回は、春夏秋冬の食材と相性のよいだしの選び方、そして季節を感じる和食のレシピをご紹介します。

料理初心者の方にも作りやすく、経験者の方にも「なるほど」と感じていただけるよう、料理家ならではの工夫や豆知識も添えてお届けしますね。

春 ― 菜の花が告げる、だし香る季節の始まり

やわらかな陽ざしに包まれ、菜の花が色鮮やかに咲き始める春。
この時期ならではのほろ苦さは、ほんのひと手間のだしでやさしく引き立ちます。
難しく考えず、まずは旬をそのまま楽しむ気持ちで作ってみましょう。

春は、菜の花やたけのこ、うどなど、ほろ苦さや青い香りが魅力の食材が豊富に出回ります。こうした春野菜の繊細な味わいには、雑味の少ない澄んだ一番だしがよく合います。

昆布は真昆布や利尻昆布など、香りが上品で甘みのあるものを。かつお節は香りが立ちやすい荒削りを選ぶと、春野菜の香りを邪魔せずに引き立てられます。

菜の花の苦味は、春の訪れを告げる味。
そのほろ苦さが、昆布とかつおのうま味と合わさることで、口の中に「甘さ」すら感じる調和が生まれます。

おひたしにすると、だしの旨味が菜の花の繊維にじんわりと染みこみ、一口ごとに春の香りが広がります。

春の訪れを告げる菜の花を、香り高い一番だしでやさしく仕立てました。ほろ苦さとうま味が口いっぱいに広がります。

菜の花のおひたしの作り方

材料(2人分)

  • 菜の花…1束
  • かつおだし…200ml
  • 薄口しょうゆ…小さじ2
  • みりん…小さじ1
  • 塩…ひとつまみ

作り方

  1. 菜の花は根元を少し切り落とし、塩を加えた湯でさっと茹でる(約1分)。
  2. 冷水にとって色止めし、水気をしっかり絞る。
  3. 鍋にだし、薄口しょうゆ、みりんを入れて一煮立ちさせ、粗熱を取る。
  4. 菜の花を食べやすい長さに切り、だしに浸して10分ほどおく。
  5. 器に盛り、好みでかつお節を添える。

夏 ― 涼を呼ぶ、ひんやりだしの恵み

照りつける太陽と、青空に映える入道雲。
暑さで食欲が落ちがちな夏こそ、ひんやりとしただし料理が体を癒します。
だしの風味を少し意識するだけで、シンプルな料理も驚くほど涼やかに仕上がりますよ。

夏は、冷たく仕立てた料理が増える季節。火照った体をやさしく癒やすために、透明感のあるだしが向いています。利尻昆布はクセが少なく澄んだうま味が特徴で、冷やし鉢や冷たい吸い物にぴったりです。

冷たい料理は香りが立ちにくいため、昆布のだしはやや濃いめに引くのがおすすめ。

そこに薄口しょうゆや塩で軽く味付けし、素材そのものの甘みや食感を生かします。氷を浮かべれば、見た目にも涼やか。

涼やかな利尻昆布だしに、彩り豊かな夏野菜を浮かべた一品。ひんやりとした口あたりで暑い日にも食欲がすすみます。

夏野菜の冷やし鉢の作り方

材料(2人分)

  • トマト…1個
  • オクラ…4本
  • なす…1本
  • とうもろこし…1/2本
  • 昆布だし…300ml(利尻昆布がおすすめ)
  • 薄口しょうゆ…小さじ2
  • みりん…小さじ1

昆布だしの引き方(基本)
昆布を水に30分ほど浸し、中火で沸騰直前まで温めて昆布を取り出します。沸騰させないのが美味しいだしを引くコツです。冷ましてそのまま使えます。《水500mlに対し昆布10g(10㎝四方程度)》

作り方

  1. トマトは湯むきし、食べやすい大きさに切る。
  2. オクラは塩もみして茹で、斜め切り。
  3. なすは輪切りにして素揚げするか、レンジで加熱する。
  4. とうもろこしは塩ゆでして実をそぐ。
  5. 冷やした昆布だしに薄口しょうゆ、みりんを合わせ、野菜を入れて冷蔵庫で冷やす。
  6. 器に盛り、冷えた状態でいただく。

コラム:利尻昆布と真昆布の違い

利尻昆布は澄んだ上品なうま味が特徴で、主に関西の料理で好まれます。一方、真昆布はまろやかな甘みと厚みのあるだしが引け、煮物や吸い物に向いています。冷やし鉢には、香りを邪魔しない利尻昆布がベストです。

とはいえ、高級な利尻昆布を、家庭の毎日の料理で使うのはなかなか大変です。特別な日に、おもてなしに、是非使ってみてくださいね。

秋 ― 香り立つ、実りのだしごはん

木々が色づき、空気が少しずつ澄み渡る秋。
香り高いきのこや根菜が旬を迎え、だしとの相性も抜群です。
特別な技術は不要。旬の香りを逃さず、だしでやさしく包むだけでごちそうになります。

秋はきのこや根菜、さんまなど香りの強い食材が豊富です。

干し椎茸の戻し汁は、グアニル酸といううま味成分を豊富に含み、きのこの香りをさらに引き立てます。昆布と合わせて使うことで、うま味が重なり奥深い味わいになります。

干し椎茸の戻し汁は黄金色で、香りも濃厚。そのうま味は炊き込みご飯にぴったりです。秋のきのこ類と合わせれば、香りが鍋いっぱいに広がり、食欲をそそります。

香り高い干し椎茸だしに、旬のきのこをたっぷり加えて炊き上げます。秋の香りと滋味深いうま味が楽しめます。

材料(2〜3人分)

  • 米…2合
  • 干し椎茸…3枚
  • 舞茸・しめじ…各1/2パック
  • にんじん…1/4本
  • 昆布…5cm
  • 薄口しょうゆ…大さじ2
  • 酒…大さじ1

作り方

  1. 干し椎茸は冷水に一晩浸けて戻す。戻し汁は濾して取っておく。
  2. 米を研ぎ、椎茸の戻し汁と昆布を入れて炊飯器の2合の目盛まで水加減する。
  3. 薄口しょうゆ、酒を加え、切った具材をのせて炊く。
  4. 炊き上がったら昆布を取り出し、全体を混ぜる。

干し椎茸の戻し汁は、うま味と香りの宝庫。煮物や汁物にも使える万能だしです。冷凍保存も可能なので、多めに作って小分けしておくと便利です。

冬 ― 湯気の向こうに、だしの温もり

吐く息が白く染まり、湯気の立つ鍋が恋しくなる冬。
温かいだしの香りは、心も体もふんわりと包み込みます。
だしをひく時間がなくても、良い素材の簡易だしを使うだけで、ほっとする味わいが生まれます。

冬は寒さで体が温まる料理が恋しくなります。コクと甘みのあるあご(飛魚)だしは、昆布と合わせることでさらに深みが増し、煮物や鍋料理に最適です。

あごだしは焼き干しにすることで香ばしさと甘みが引き出されます。昆布のグルタミン酸との組み合わせは、根菜の自然な甘みや鶏肉の旨味を引き立てます。

あごだしの甘みと昆布の深みで煮込む、心も体も温まる冬の煮物。根菜のほくほく感と鶏肉の旨みがしみわたります。

根菜と鶏肉の煮物作り方

材料(2〜3人分)

  • 鶏もも肉…200g
  • 大根…1/3本
  • にんじん…1/2本
  • ごぼう…1/2本
  • あご+昆布だし…400ml(あごだしパックでも◎)
  • 薄口しょうゆ…大さじ2
  • みりん…大さじ1
  • 酒…大さじ1

昆布+あご(合わせだし)の引き方:
昆布を水に30分浸して弱火で温め、沸騰直前で昆布を取り出します。続けてあご(苦みが気になる場合は頭・内臓を取り除いておく)を加え弱火で5〜10分煮出し、取り出してこせば完成です。

作り方

  1. 大根、にんじんは乱切り、ごぼうはささがきにして水にさらす。
  2. 鶏肉は一口大に切る。
  3. 鍋にだしと具材を入れ、中火で煮る。
  4. 調味料を加え、落とし蓋をして弱火で20分煮る。

コラム:あごだしの産地と風味の特徴

長崎県や山陰地方が有名な産地。あごは海を早く泳ぐため身が締まり、雑味が少なく上品な甘みがあります。焼き干しにすることで香りも増し、冬の料理に深みを与えます。

季節のだしごはんをもっと楽しむために

だしは温度によって香りや味わいが変わります。冷たい料理では香りが抑えられるため、やや濃いめに引くのがコツ。温かい料理では、だしが湯気とともに香り立ちます。

また、昆布とかつお、干し椎茸、あごなど、素材の組み合わせは自由自在。

たとえば、

昆布+干し椎茸で精進料理風
昆布+あごでコク深い煮物
昆布+さば節で香り豊かな汁物

など、食材や季節に合わせて変えてみるのもおもしろしです。
ぜひいろいろと試してみてくださいね。

おわりに|だしで季節を愉しむ

四季折々の食材とだしが出会うと、同じ料理でもまったく違う表情を見せてくれます。
香りを吸い込み、色を目で楽しみ、口にふくんで季節を感じる――それは、和食ならではの贅沢なひとときです。

難しく考える必要はありません。忙しい時はだしパックでも◎。だしを少し意識してみるだけで、いつもの食卓がぐっと豊かになりますよ。

今日の献立に、そっと「季節のだしごはん」を加えて、旬と向き合うひと皿を楽しんでみてはいかがですか。


◇次回予告

第4回|だしの保存と活用術 〜作り置き・冷凍・再利用〜
二番だしや出がらしも、アイデア次第でごちそうに。だしのストック法や再利用レシピ、忙しい日にも役立つ「だし氷」の作り方などをご紹介します。


\和だしシリーズ一覧はこちら/

【和だし帖|うま味と季節をたのしむ台所便り】
(以下の日程で投稿予定です)

第1回:はじめての「だし」入門
第2回:だしの味くらべ 〜素材別で変わる香りとコク〜
第3回:四季のだしごはん 〜春夏秋冬で味わう、だしの魅力〜(この記事です)
第4回:だしの保存と活用術 〜作り置き・冷凍・再利用〜(8/18)
第5回:だしと和のこころ 〜味覚を育む、だし文化の魅力〜(8/25)