~和ごはん歳時記~
季節がひとつ動くたびに、台所にも小さな変化が訪れます。
昔から受け継がれてきた行事や、その日に食べたい和のおかずたち——そんな“季節のしるし”を、日々のごはんといっしょに楽しんでみませんか。
「和ごはん歳時記」では、その月らしい習わしや、心ほっとする和のごはんをやさしくお届けします。季節の台所に、そっと寄り添うことができますように。
年の瀬が近づくと、台所に立つ時間の中にも、少し気を引き締めなくては…なんて思うことがあります。
お事汁(おことじる)は、そんな一区切りつけたい気持ちに寄り添ってくれる冬の行事食。大根・ごぼう・にんじん・里芋・こんにゃく・豆腐を合わせた“六つの具材”で作る精進味噌汁で、「六質汁(むしつじる)」とも呼ばれています。
素朴な具材だけれど、ひと椀に広がる味わいはとても奥深いもの。
この記事では、お事汁のレシピのほか、お事汁が生まれた背景や六つの具材に込められた意味、地域に残る習わしについて少し触れてみたいと思います。
お事汁(六質汁)の由来と意味
お事汁(おことじる)は、古くから 「事八日(ことようか)」( 12月8日と2月8日)に食べられてきた精進の味噌汁です。
事八日は、祭事や農作業の節目、“区切りの日” とされてきました。
- 12月8日 → その年の仕事や家事を納める「事納め」
- 2月8日 → 新しい年の営みを始める「事始め」(旧暦では立春頃)
この節目の日に、厄を祓い、心身を清め、“良い一年を迎える・良い一年を始める”ために食べる汁物として広まりました。
冬に甘みが増す大根・ごぼう・里芋などを合わせて六種にすることから、「六質汁(ろくしつじる)」とも呼ばれ、六は古くから 調和・円満・無病息災 を願う縁起の数字とされています。
六つの具材に込められた意味
お事汁の具材は地域差もありますが、一般的には大根・にんじん・ごぼう・里芋・こんにゃく・豆腐の六種類。そのひとつひとつに、昔の人々が大切にしてきた“願い”が重ねられています。
① 大根 — 清めの白、体を整える
- 清浄を象徴する白色
- 体を温め、冬の養生に役立つ野菜
- 「根気よく」「まっすぐ育つ」という意味も
② にんじん — 赤は魔除け、子どもの成長祈願
- 赤色は古来より“魔除け”の色
- 生命力の象徴として、子どもの無病息災を願う意味を持つ
③ ごぼう — 家の安泰、長寿祈願
- 根を深く張る姿が「家の土台」「家運隆盛」を象徴
- 細長く続く形から長寿への願いも込められる
④ 里芋 — 子孫繁栄、家族円満
- 親芋から子芋がたくさんつくことから「子孫繁栄」の象徴
- 家族が増え、円満に暮らせるようにという願いを込めて
⑤ こんにゃく — 身の穢れを祓う
- 「胃のほうき」と呼ばれるほど整腸に優れ、体内を清めるという意味
- 臭みを払うための下処理(茹でこぼし)が“祓い”を連想させると伝えられる
⑥ 小豆 - 魔除け・邪気払い
- 赤い色は古くから 魔除け・邪気払い を表し、節目の行事食に用いられてきた
- 小さな粒が多くそろう姿は 多福・無病息災 の願いを象徴する
- 年越しや「事八日」などの節目に食されることがあり、地域によっては六つの具材の一つとされる
地域によるお事汁の違い
お事汁は全国的に広く知られている一方で、地域によって具材や食べる日、味つけに違いがあります。
東北・北陸
- 里芋が多く入り、芋煮に近い形になる地域も
- にんじん・ごぼうは必須とされることが多い
- 山形・宮城では大晦日に食べる風習が色濃い
関東
- 大根・にんじん・里芋の“三つの根菜+豆腐”がベース
- 精進の考えから昆布・椎茸だしで仕立てることが多い
- 食べる日は12月8日の「事納め」が主流だった地域もある
関西
- 白味噌仕立てにする地域も
- 大根・にんじんに加えて大豆・油揚げを入れる例もあり、やや甘みのある味わいに
- 行事食としては大晦日より“事始め”の12月13日が重視される場合も
九州
- 里芋の代わりに「さといも茎(ずいき)」を入れる家庭も
- こんにゃくの存在感が強く、“祓い”の意味を大切にする傾向
- 味噌は麦味噌が使われることもある

地域差はありますが、「年の節目にいただく根菜の味噌汁」という目的は共通です。
「事始め・事納め」とお事汁のつながり
お事汁の背景を理解するには、まず“事始め・事納め”の考え方が欠かせません。
◆ 事始め(12月8日または13日)
“事始め”とは、翌年の準備を始める日のこと。
地域によって二つの流れがあります。
- 12月8日を事始めとする地域
→ 旧暦2月8日・12月8日の「事八日」を重視 - 12月13日を事始めとする地域
→ 江戸時代の武家文化・歳神様迎えの準備日(正月事始め)
いずれも「新しい年の行いを始める日」という意味があり、この節目に精進の汁物をいただく風習が伝わりました。
◆ 事納め(12月8日)
同じ“事八日”の考え方から、多くの地域では 12月8日が「事納め」 とされてきました。
1年の仕事・家事の区切りをつけ、
“一年間ありがとうございました” と“お疲れさま” を込めて精進の味をいただきます。

お事汁は、ただの具だくさん味噌汁ではなく、六つの具材に込められた縁起、冬の養生食としての知恵、そして「事始め・事納め」の文化の中で受け継がれてきた年迎えの食。
こうした背景をふまえて味わうと、一椀の中にこめられた願いの深さや、暮らしの節目を大切にしてきた人々の思いが伝わってきますね。
お事汁(六質汁)の作り方
こちらでは、最低限必要な下ごしらえと、白だしを使った簡単な作り方を紹介します。
材料(4人分)
- 大根…5〜6cm
- にんじん…1/2本
- ごぼう…1/2本
- 里芋…3〜4個
- こんにゃく…1/4枚
- ゆで小豆(無糖)…100〜120g(乾燥小豆なら約50g)
- だし汁…1000ml(水1ℓに白だし大さじ1でもOK)
- 味噌…大さじ3程度(約60g)(今回は合わせ味噌使用)
- 青ねぎ…少々(小口切り)
作り方
- 大根は厚さ3㎜程度の短冊切りにする。
- 人参は厚さ3㎜程度の半月切り(大きければいちょう切り)にする。
- ごぼうはたわしでよく洗い、厚さ3~4㎜の斜め切りに。水に浸しアクを抜く。
- 里芋は皮をむき一口大に切る。
- こんにゃくは厚さ3~4㎜の短冊切りにする。

里芋はぬめりを取るため、さっと下茹でして湯を切る。
こんにゃくも同様に短時間下茹でし、臭みを除く。

鍋にだし汁を入れ、大根・にんじんを加える。
途中で下茹でした里芋・こんにゃく、ごぼうも加え、柔らかくなるまで煮る。

茹で小豆を加え、温まったらいったん火を止め、味噌をとく。

再び弱火で温め、沸騰直前で火を止める。
椀に盛り、青ねぎを添える。
美味しく作るコツ
だしの香りを強くしすぎない
お事汁は、もともと精進料理だということもあり昆布や椎茸の精進だしがよく合います。そのため、今回のレシピでは、かつおだしは濃くしすぎず、具材の甘さをひき立てる程度におさえています。
白だしやだしパックなどを使う場合も、薄めで◎
野菜からもいい出汁がでます。
味噌は最後に
味噌は沸騰させると風味が飛んでしまうので、仕上げにやさしく溶きます。味噌を入れたら、温めなおしは沸騰しないようにしましょう。
こんなアレンジはいかが?
味噌の種類を変えてみる
お事汁は味噌によって風味が大きく変わるため、好みや地域性に合わせて選ぶのも楽しみ方のひとつです。
白味噌なら…
やさしい甘みとまろやかさが加わり、上品な京風のお事汁に。
冬の食卓らしい“柔らかい味わい”が楽しめ、里芋や大根の甘みがより引き立ちます。
赤だし(八丁味噌)を加えると…
味わいにコクと深みが生まれ、寒い日にぴったりの濃厚なお事汁に。
ごぼうの香りが強く感じられ、こんにゃくとの相性も抜群。体の芯から温まる味になります。
麦味噌なら…
素朴で香ばしい甘みが加わり、家庭料理らしいほっとする味に。
特に九州地方では麦味噌を使う文化があり、冬野菜のやさしい甘さとよくなじみます。
ごぼうの切り方で香りと食感を変える

ごぼうは切り方によって、香りと食感の出方が変わります。
今回は斜め切りにしていますが、斜め切りにすると、しっかりとした歯ごたえが残り、食感のアクセントになります。やわらかな里芋や大根との食感の違いが生まれ、満足感のある仕上がりになります。
一方、笹がきにするという方法もあります。空気に触れる面が増えるため香りが立ちやすく、食感も柔らかいのでほかの具材となじみます。
お好みで変えてみてくださいね。
焼きねぎを添える
焼きねぎを仕上げに添えると、香ばしい甘みが加わり、お事汁がぐっと冬らしい深い味わいになります。
この場合は「白ネギ(長ネギ)」が最適♪ 白ねぎ(長ねぎ) は焼くと糖度が増え、香りも立つため、お事汁との相性が抜群です。
おわりに|冬の恵みをひと椀に
具材それぞれが冬の甘みを増す時期。煮込むほどにやさしい旨みがしみ出し、ほっと心が落ち着く味になります。
お事汁とは、言ってしまえば具だくさんのお味噌汁!気負わず作れるのに、行事食としての特別感もあるお事汁です。
ぜひ今年の締めくくりに楽しんでみてください。
■参考元
・『日本の行事・暦事典』角川書店
・『日本の食文化体系 伝統行事食の研究』農山漁村文化協会
・『精進料理の歴史と食文化』吉川弘文館
・農林水産省「日本の食文化・郷土料理」
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