~和ごはん歳時記~
季節がひとつ動くたびに、台所にも小さな変化が訪れます。
昔から受け継がれてきた行事や、その日に食べたい和のおかずたち——そんな“季節のしるし”を、日々のごはんといっしょに楽しんでみませんか。
「和ごはん歳時記」では、その月らしい習わしや、心ほっとする和のごはんをやさしくお届けします。季節の台所に、そっと寄り添うことができますように。
お正月の食卓に並ぶ「お節料理」。
黒豆、数の子、栗きんとん、昆布巻き…。ひとつひとつに願いが込められていて、重箱に詰める時間もまた、年の始まりの大切な行事です。
ふだんはあまり意識しない“縁起もの”ですが、その背景を知ると、とても面白いです。「なぜお節が必要なの?」「どうして重箱に詰めるの?」そんな素朴な疑問も・・・
ここからは、お節料理の由来、込められた願い、重箱の意味、作り置きのスケジュールまで、ご紹介していきます。
お節料理とは?|歴史と由来

お節(おせち)は、もともと「節供(せちく)」と呼ばれる、季節の節目に神さまへ供える料理の総称でした。奈良〜平安時代には宮中行事として定着し、「五節句」で特別な料理が供されていました。

五節句とは?
古くから季節の節目を祝うために定められた五つの行事のこと。人日(1月7日)・上巳(3月3日)・端午(5月5日)・七夕(7月7日)・重陽(9月9日) を指し、それぞれに行事食や風習が伝えられています。
中でも、正月のお節が特に重んじられた理由は——
- 一年の始まりに“歳神様(としがみさま)”をお迎えする
- 神様に供えた料理を、家族がいただくことで恩恵を受ける
といった考えがあるためです。
江戸時代には庶民にも広まり、現在の「重箱に詰めるお節料理」が形づくられました。
お節料理に込められた願い|定番料理と意味一覧
お節料理には、それぞれに長寿・豊作・家内安全などの“願いごと”が込められています。意味を知ると、重箱に詰める時間がますます楽しくなります。
■ 黒豆

「まめ(勤勉)に働き、健康に暮らせるように」という願い。
黒色には邪気払いの意味もあり、一年の無病息災を願う料理です。
■ 数の子

卵がびっしりつくニシンは“子孫繁栄”の象徴。
「二親(にしん)」と書き、家族の安定や繁栄も願います。
■ 田作り(ごまめ)
小魚を肥料として田畑が豊作になった故事に由来したものです。
一年を「良い実り」で迎えられるよう願う縁起もの。
■ 栗きんとん

黄金色が“金運・財宝”を象徴し、豊かな一年を願う料理。
栗には「勝ち栗」の縁起もあり、武家文化の名残もあります。
■ 紅白なます

紅白は祝い事の色。水引に見立て、平和な門出を祈ります。
さっぱりした味で重箱の中の箸休めにも重宝します。
■ 昆布巻き

「よろこぶ(喜ぶ)」に通じ、祝い事には欠かせない一品。
昆布は長寿を象徴し、家族の健康を願う意味も込められています。
■ たたきごぼう
地に深く根を張ることから、家の土台の安定を象徴。
細長い形から開運・邪気払いの意味も込められます。
■ 伊達巻

巻物に形が似ているため、「学問成就」を願う料理。
お子さんの成長祈願や仕事運アップに通じる縁起ものです。
■ かまぼこ(紅白)
日の出の形を表し、“新しい一年の始まり”を象徴。
紅白で魔除けと平安を願う、重箱の定番です。
■ 海老(えびの旨煮など)

“腰が曲がるまで長生きできるように”という長寿祈願。
赤い色は魔除けにも通じ、お祝いの席にぴったりです。
■ れんこん(煮物・酢取り)
穴から“先が見通せる”ことから、将来の見通しを願う意味。
縁起が良く、煮しめの中でも特に象徴的な食材です。
■ にんじん(乱切り・ねじり梅)
鮮やかな赤色は魔除けの象徴。祝い事に用いる色です。
梅型に抜くと「厳寒に耐える強さ」を願う意味もあります。
■ 里芋(煮しめ)
小芋がたくさんつくことから“子宝・子孫繁栄”の象徴。
家族円満を願う煮物として古くから親しまれます。
■ ぶり(照り焼き・味噌煮)

“出世魚”の代表。立身出世や仕事運を願う料理。
家庭でも祝い事によく用いられ、お節にぴったりです。
■ 八幡巻き
ごぼうを牛肉などで巻く料理。
「家族の縁を結ぶ」「努力が実を結ぶ」という意味が込められます。
■ しんじょ(海老しんじょ・鯛しんじょ)
白く清らかな色で“心の清浄”を象徴。
格式あるお節に使われることが多い一品です。
■ 紅白かぶ(千枚漬け・甘酢漬け)
紅白でめでたい色合い。
さっぱりした味で重箱の調和をととのえます。
■ 厚焼き玉子(甘めの卵焼き)
黄色は“金運”を呼ぶ色。
伊達巻の代わりに気軽に使える、家庭版お節の定番。
■ 福袋煮(ふくぶくろに)
油揚げの中に野菜や鶏肉を詰め、“福が詰まる”ことを願う縁起料理。
袋状の形が“商売繁盛・金運”の象徴とされ、家庭お節にも人気です。
重箱の意味とは?|段ごとの役割と詰め方の基本
重箱は、単に料理を詰めるための器ではなく、福を“重ねる”縁起ものとして大切にされてきました。段を重ねることに、幸せが積み重なっていくようにという願いが込められています。
また、晴れの日の器として、料理を美しく見せ、家族の一年の始まりを華やかに演出してくれる存在です。
ここでは、それぞれの段に込められた意味や役割、きれいに見せる詰め方のコツをご紹介します。
三段重の意味
◆ 一の重|祝い肴
一の重は、重箱の中でも最も大切な段とされ、「祝い肴三種」や縁起の強い料理を詰める場所。
黒豆・数の子・田作り(関西はたたきごぼう)が中心で、どれも歳神様にお供えする意味を持ちます。これら三つが揃うことで“お節が整う”とされるほど、格式高い段です。
また、紅白かまぼこや栗きんとんなど、色どりを添える華やかな料理を加えても、品よくまとまります。
◆ 二の重|焼き物や海の幸
二の重には、ぶり・鯛・海老などの魚介を中心に、焼き物や姿の美しい料理を詰めます。
焼き物は香ばしさが立ち、重箱を開けた瞬間の“ごちそう感”を演出してくれる存在です。ぶりは出世魚、海老は長寿、鯛は“めでたい”の象徴と、どれも縁起の良いものばかり。
紅白や金色が入ることで、全体の色にもメリハリがつき、華やかさが増します。
◆ 三の重|煮しめ・野菜料理
三の重には、れんこん・ごぼう・里芋・にんじんなどの根菜を中心にした煮しめ(お煮しめ)を詰めます。
根菜は“根を張る”ことから、家族の安定や繁栄の象徴とされ、お節の中でもとくに願いの強い料理。
素材ごとの形や色を活かし、仕切りを使わずひとつにまとめることで「家族が一つにまとまる」という意味も込められています。見た目の調和も大切にしたい段です。
◆ 五段重の場合
格式の高いお節では五段重を使うこともあります。
四段目(「四=死」を連想するため)はあえて「与(よ)」と読み、空のままにしておく“空(から)の重”とするのが習わし。これは「これからの福が入るように」という前向きな願いを象徴しています。
五段目は、地域や家庭により“予備の段”または“追加の祝い肴”を詰める場合もあり、柔軟な使い方がされます。
🌟 重箱に美しく詰めるコツ
● 色のバランスを「赤・白・黄・緑・黒」で考える
晴れの日の器は色の重なりで華やぎが生まれます。補色を意識すると全体が締まります。
● 低いものを手前、高さのあるものを奥へ
蓋を開けたときに奥行きが出て、写真映えもぐっと良くなります。
● 断面がきれいなものは“見せる”盛り方に
伊達巻・八幡巻きなどは断面を上にし、規則的に並べると整った印象に。
● 料理同士が味移りしないように、仕切りや笹の葉を活用
市販の仕切りより、天然の葉物や柑橘の皮を使うと和の雰囲気が上がります。
🎍祝い箸とお正月のしつらえ ~家庭で楽しむ和の迎え方~

大げさな準備をしなくても、ほんの少しの工夫で、食卓にやさしい晴れやかさを添えることができます。ここでは、家庭でも取り入れやすい伝統的なしつらえをご紹介します。
祝い箸──家族の一年を願う小さなお守り
祝い箸は、お祝いの席だけに使われる特別な箸。
両端が細い「両細(りょうぼそ)」になっていて、一方は“神様が使われる側”、もう一方が“人が使う側”とされています。
- 素材は柳の木
しなやかで折れにくい柳は「長寿」を象徴し、邪気を払う木ともいわれます。元旦の朝にはf - 人数分+1膳を用意
“歳神様の分”として、ひとつ多めに包むのがならわしです。
袋に「寿」の字が入ったものを選んだり、半紙や和紙で簡単に箸袋を作るだけでも、食卓がぐっと晴れやかになります。
水引飾り──食卓に宿る“結び”の力

水引は、贈り物や儀礼の場に欠かせない日本の伝統。
お正月の食卓では、小さな結び飾りを箸袋・小皿・グラスの足元に添えるだけで一気に“ハレの日”の雰囲気に変わります。
- 紅白は祝いの基本色
魔除け・平安・清らかさを意味し、最も取り入れやすい組み合わせ。 - 結び切り/あわじ結び
どちらも「固く結ばれ、良縁が続く」という意味が込められます。
市販のミニ水引飾りを添えてもよし、手作りしても味わい深くなります。
小さな松と柑橘──“歳神様を招く”ささやかな飾り
玄関に立派な門松がなくとも、食卓のそばに
- 小さな松の枝を一輪挿しに
- ゆず・橙(だいだい)をひとつ置く
これだけで、歳神様をお迎えする意味合いを十分に表現できます。
松は常緑樹で“長寿”、橙は“代々続く繁栄”の象徴。
食卓にそっと添えるだけで、願いの気配が自然と漂います。
敷き紙・器選び──手持ちの器で簡単に晴れの空気を
新しい器を揃えなくても、
- 白や朱色のランチョンペーパーを敷く
- 梅や松をあしらった小皿を使う
- 黒のトレーに重箱を置いて“格”を出す
といった小さな工夫で、お正月らしい佇まいがつくれます。
また、お節の彩りを引き立てるため、器は白・黒・朱・金をベースにすると全体がまとまりやすくなります。
屠蘇(とそ)──一年の健康を願う“最初の一杯”
屠蘇は薬草を漬け込んだ祝い酒で、無病息災を願う古い習わし。
専用の屠蘇器がなくても、手持ちの小ぶりな片口と杯で十分楽しめます。
“家族の年齢の若い順に飲む”というのも、昔ながらのお正月の風景です。
家庭でのお正月は「できる範囲」で十分に美しい
しつらえは、豪華である必要はありません。
祝箸、水引の小飾り、松の一枝、白い布……。
ささやかな仕度こそ、暮らしの“ハレの日”を丁寧に彩ってくれます。
🎍 手作りお節の作り置きスケジュール
せっかくならお節料理を手作りで作りたい!という方も多いでしょう。
その場合、数日前から少しずつ仕込んでいくのがおすすめ。作る料理を決めたら、料理ごとに“日持ち”や“味のなじみ方”が違うので、順番を決めて計画的に進めるのがポイントです。
ここでは、一般的な家庭お節を無理なく用意できる3日間のスケジュールをご紹介します。
2〜3日前に作るもの(味がなじむもの)
まずは時間がかかり、日持ちするものから始めます。
- 黒豆(黒豆は一晩煮汁に浸しておく時間が必要です)
- 昆布巻き
- 栗きんとん
- 八幡巻き(下ごしらえまで)
- 伊達巻(甘めの卵料理は比較的日持ちします)
前日に作るもの(味がしみて美味しくなるもの)
酢の物、和え物を作っていきます。
- 紅白なます
- 田作り
- 筑前煮(お煮しめ)
- たたきごぼう
- 各種漬け込み(たたきごぼう、酢の物など)
当日に作るもの(香り・焼き目を楽しむもの)
- ぶりの照り焼き・味噌焼き
- 海老の旨煮
- 伊達巻の焼き直し(軽く温める程度)
- 重箱への盛り付けと全体の仕上げ
🌟 仕上がりを良くする“スケジュールづくりのポイント”
● 「味がしみて美味しくなる料理ほど前倒しに」
煮物・黒豆・酢の物など、時間とともに味が落ち着く料理は早めに作ると仕上がりが安定します。
● 「当日は“焼く・煮る・盛る”だけに」
火を入れてすぐに香りを楽しみたい焼き物や海老料理は当日仕上げがおすすめ。全体の作業が軽くなり、食卓に余裕が生まれます。
● 「重箱に詰める時間も予定に入れる」
意外と時間がかかるのが盛り付け。彩りや高さのバランスを整えるため、30〜40分ほど見ておくと安心です。
● 「保存容器のまま冷蔵 → 当日軽く温める」で時短に
筑前煮・八幡巻きのように冷めても崩れにくい料理は、まとめて作っておくと効率が良いです。

お節づくりの進め方は、ご家庭の人数や台所の環境、用意する品数によってさまざま。ここでご紹介したスケジュールは、あくまでひとつの目安です。
「作れるものから少しずつ」「市販品と組み合わせて負担を軽くする」——そんな柔らかなスタイルでも、十分にすてきなお節になります♪
どうぞ無理のない形で、暮らしに合ったリズムで楽しんでくださいね。
おわりに|新しい一年が、あたたかく始まりますように
お節料理は、家族の健康や豊作を願う “祈り” が詰まった料理です。そんな意味を知ると、お正月の準備がぐっと愛おしい時間になりますね。
完璧でなくても、すべてを手作りしなくても、市販品を使ったって…願いを込めてひとつ器を整えるだけで、その食卓にはきちんと“ハレの日”の空気が流れます。
忙しい年末の中で、ほんの少しでも心がほどける瞬間がありますように。
そして、新しい一年が、どうか健やかであたたかな日々となりますように。
そんな願いを込めて——。
参考元
- 農林水産省「おせち料理の由来」
- 宮内庁「年中行事に関する資料」
- 日本食生活文化財団「日本の食文化と年中行事」
\冬の行事食まとめ/
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\さしすせそ歳時記|しょうゆ×冬野菜/
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\旬をもっと美味しく|和ごころ素材図鑑/
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